Eddie’s diary

本や映画、ゲームや音楽 読者10人を目指して頑張ります!

定期小説「タイトル未定1」

 

 学校からの帰り道、友人と別れた後に私は必ず本屋に立ち寄ることにしている。すぐに家に帰ってもお母さんがまだ帰ってきておらず寂しいというのが理由の一つ。今を私が漫画を愛してやまないというのがもう一つの理由である。

 そして、今日は寄らずにはいられない理由もある。私のバイブル、『愛のフロマージュ』通称『愛フロ』の作者である土井アン大先生の新作発売の日なのである。

 鼻息も荒く意気揚々と本屋に入ると私は漫画コーナーへと向かう前に女性向け雑誌コーナーへと向かう。これといって定期的に見る雑誌があるわけではないけれども、私なりのルーティンのようなものだ。高校生になって自分なりに大人の女子力を高めようと思いついたのがとりあえず雑誌を読むことであった。それしか思いつかなかったのだ。些細な努力ではあるが、これが塵と積もって私を『愛フロ』のヒロイン、エリカみたいな愛され素敵女子へと導くことだろうと信じて今日も実践している次第だ。

「この雑誌の女の子みたいにふわふわカールにした方がいいのかな。」

 私なりに頑張って今朝は毛先を編み込んではみたけれどあまり自信があるわけではなく、表紙に写る女の子はとても自信ありげで華やかに見えた。

 私は適当に目に映った雑誌を手に取った。これでもかとデカく愛され特集、と縦書きされている。すぐさま雑誌を開き『愛され女子の愛され部屋10選』を黙読し、漫画コーナーへと逸る気持ちを抑えつつも『押さえておくべき愛され小物集』を読んでいるとカランコロンと店のドアが開く音が響いた。この店は自動ドアなのだが、喫茶店巡りが趣味の店長がドアベルの音を録音して設置しているらしい。

 入店してきたのはこんな片田舎の閑散とした本屋には不釣り合いな綺麗な女性だった。ゆるくカールした淡い茶色の髪を綺麗に伸ばしており、整ったその顔は不自然なドアベルの音に疑問を抱いている表情だ。

「いらっしゃい。」

 朗らかに迎えた店長にその女性は軽く会釈を返す。もしかすると知り合いなのかもしれない。彼女は白いロングスカートを左右に揺らしながら真っすぐに雑誌コーナーまで来ると、私が読んでいるものと同じ雑誌を読み始めた。

 時折軽く頷きながら雑誌を読む彼女を横目にチラチラと盗み見し、私は確信した。彼女は素敵女子に違いない。こんな素敵女子が同じ雑誌を読んでいるということはいずれ私もああなれるのかもしれない。きっと今までの努力は無駄ではなかったのだと安心していると、彼女は満足気に雑誌を閉じ、元の場所に戻して漫画コーナーへと向かっていった。

「素敵女子が読む漫画っていったいどんな漫画なんだろ…。」

 知らぬなら調べてみようホトトギス。私は雑誌へ感謝の念を込めつつ丁寧に戻し、気づかれないように彼女の後を追った。彼女が向いているのとは逆の本棚の陰へと向かうと、どうやら彼女は少女漫画コーナーで探し物をしていた。あれでもないこれでもないと漫画コーナーを端から追っていた彼女の目が平積みされた漫画の一角に止まり、手を伸ばした。

「あっ!!」

 私は思わず声をあげた。彼女が手に取った本は土井アン大先生の新作『恋のフォルマッジョ』だったのだ。まさか彼女もファンなのか。読んでいるうちにこうなれるのか。

「どうかされましたか?」

 開いた口を塞いでいると、本を持ったままこちらに顔を向けて微笑んでいる彼女と目が合った。しまった、気づかれてしまったようだ。素敵女子との趣味がここまで似通っているという事実に声をあげるほど驚いた自分に驚いている。素敵女子はこんなことで大声を出さないだろうけれど。

「いえ、あの、私、土井先生の本が大好きで、先生の本に出てきそうな素敵女子が先生の本を手に取ってたからつい…」

 彼女と会話できるのが嬉しいやら恥ずかしいやらでシドロモドロになりつつもそう答えた。

「そんな、素敵女子だなんて。あなたもとても可愛らしくて素敵です。」

 素敵女子から褒めてもらえるなんて。お世辞でも嬉しい。思わず頬も緩む。

「でも、ツチイではなく、ドイ、ですよ。

 前言撤回だ。恥ずかしいvs嬉しいのタイトルマッチは恥ずかしいの圧勝だった。でも人の間違いをこんなに優しい笑顔で正してくれるとは、やはり別格に素敵だ。

「う、大ファンなのにずっと読み方間違ってました。あの…」

 私は話の続きを切り出せず口をモゴモゴさせる。頑張れ私。飛べ私。

「はい、なんでしょう?」

 ま、眩しい…。こんな女性とお友達になれたらなんておこがましいだろうか。せっかく彼女とはたった今、赤の他人以上顔見知り未満程度の関係になれたのだ。ここまで来たらいっそ恥ずかしさを振り切ってしまえ!

「あの、よかったら!この後一緒にお茶でもどうですか?美味しいドーナツ屋さんがあるんです、お時間あったらでいいので…」

 思い切って発した言葉だったが最後はその勇気も語勢と共に尻すぼみになってしまった。明らかに彼女が困惑した表情になっていたからである。断られるに違いない。困らせる前に撤回してしまおうと口を開きかけたとき思いがけない返事が返ってきた。

「私、アンドロイドだから美味しいドーナツがあっても食べられなくて…」

「えっ?」

 アンドロイド?彼女は確かにそう言ったのだろうか。聞き間違いだろうか。聞き間違いだとしてもアンドロイドと空耳する単語はシンドバットしか知らない。伝説の船乗りには見えないし、そもそも言葉自体似てない。理解が追い付かず記号のように頭の中で言葉を反芻する。

(ワタシ、アンドロイドダカラ…)

 困った。余計アンドロイド染みてしまった。彼女はこの後に用事があるのだろうか。そわそわと時計を気にしている。

「ごめんなさい、私もう行かないといけないの。」

  動揺したまま動揺した発言以外発せなかった私は、申し訳なさそうな顔で去っていく彼女を呆然と見送ったのであった。